巨大マーケットブリーダーの後継ぎの宿命

アーモンドアイの交配相手はエピファネイアとのことでしたが、ふとこれは、人気馬の騎手が思い切った騎乗ができないのに何か似ているな……と思ってしまいました。 あとで何を言われるか分からないから無難なことしかできない、というような。

もしかしたら、ノーザンファームだって、アーモンドアイにエピファネイアは本心ではないのかもしれません。 ノーザンファームにだって、こちら に書いたような北野豊吉氏や、 こちら に書いたような西山茂行氏のようなマインドを持ったスタッフはいるはず。 あれだけの巨大組織において、そんな考えを持った者がゼロのはずがありません。 しかし、もしも組織内でそのような議論がなされていないとしたなら、その組織の「風通し」には大きな問題があるということになります。

確かに こちら に書いたクワイトファインは行きすぎかもしれませんが、しかし、 現時点でそれほど評価を得ていない種牡馬を日本競馬界の至宝となったアーモンドアイの交配相手に選んだら、 われわれが想像もできないようなありとあらゆる異議の声が遠い外野席からも殺到するのでしょう。 いまの菅内閣が支持率低下に戦々恐々となっているように、「質量」が高くなってしまった組織はバイヤーの気持ちを惹きつけとかなければ、 いとも簡単にその重みを増した「楼閣」は傾きます。 つまり、競馬サークル内の「世論」に迎合せざるを得ないつらさ……。マーケットブリーダーたるもの、その規模が大きくなればなるほど迎合の度合いをアップせねばならず、 オーナーブリーダーの視点を持つことなど到底できなくなっているのでしょう。

このようなことに対する今後の舵取りは、ずしりと各ブリーダーの後継ぎの手腕にかかっています。 先代が造り上げた小回りの利かない「巨大客船」の舵取りは至難の業。 小さな湾の中で、その巨大化した客船同士がせめぎ合うのも必至であり、各々の後継ぎのプレッシャーは尋常ではないことは容易に想像できます。

こちら にも書いたとおり、競馬サークルは「3×4はOK」のような空気に支配されてしまっていますが、 そんな空気の醸成を率先したのはまさしく先代であり、その軌道修正の使命を後継ぎは背負わされます。 率先したとは言いすぎだったかもしれませんが、しかし、このような空気が蔓延し、インブリーディングに対するリスク感覚が麻痺しかかっているサークル全体に対して、 「遺伝的多様性」の低下、それに基づく「近交弱勢」の影響をもろに受けうるのは生産者であり、その中でも一定規模以上のマーケットブリーダーには多大です。 バイヤーの嗜好をブランド血統に安直に誘導し、似たり寄ったりの形質の血を濃縮させたツケがいま、 こちら に書いた競走馬理化学研究所の研究者諸氏の論文のとおり、ブーメランのごとく返りつつあるのです。

アーモンドアイの交配相手にしても、競馬サークルが3×4に対してこれほどまでに寛容でなければ、エピファネイアという選択肢はなかったのではないでしょうか?  デアリングタクトに続いてAJCCを勝ったアリストテレスも父エピファネイアでサンデーの3×4ではないか、と言う人も少なくないかもしれません。 しかし、こちら に書いたとおり、サンデー3×4のエピファネイア産駒は金太郎飴よろしく大量生産されており、 デアリングタクトもアリストテレスもたかだかそのうちの2頭にすぎないということです。

今後は、サンデーサイレンスのインクロスを持つ馬の多くが種牡馬や繁殖牝馬になり、その交配相手もサンデーの血を持つ馬がほとんどのはずなので、 その産駒は幾重にもインクロスが重なります。さらにはその産駒はキングカメハメハ等のインクロスも同時に持っているかもしれず、そうすると、 その近交度合い(近交係数)の正しい読み解き方も急速に重要になり、このようなことに関する講習、つまりサークル全体に向けた科学的啓発も、 巨大ブリーダーは率先せねば自らの立ち位置も狭まります。

その具体的な対処法としては、例えば、巨大マーケットブリーダーは傘下に一口馬主クラブを持っていますが、 その一口馬主たちを相手に専門家による「遺伝の基礎」のような講習を実践したりと、誤解多き血のブランド志向を矯正しながら、 生産界のイニシャチブを取っていかなければ生き残れないと私は考えるのです。 言わずもがなですが、このような科学的啓発の実践は、後継ぎがやるべき多数ある事項のたった1つにすぎません。 しかし、それらどの事項も実践を怠ると巨大客船の行き場はなくなるということです。

こちら に書いたように、遺伝的多様性低下の懸念から、北米では種付頭数制限の策が発効されます。 では、日本ではどのような策を講じるべきか? 自らはどのようにその方策に対して働きかけていくべきか?  これについて、巨大ブリーダーの後継ぎたる者がいまだに何も考えていないとしたら(そのようなことはないとは思いますが)、 そのファームの今後は黄色信号かもしれません。

現在の日本の巨大ブリーダーの後継ぎのほとんど(全て?)は世襲だと思いますが、一昨年に こちら に書いたこともふと思い出してしまいました。

(2021年2月7日記)

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