足し算という誤解
クワイトファインが急死したとのこと。
この馬を知らない人も少なくないかもしれませんが、こちら が3日前の記事です。
我がコラムではこの馬のことは、
「その血を残す意味」、「競馬を愛する者が真に追い求めるもの」、「アーモンドアイの交配相手に思うこと」、「異系の血」、「バイアスのかかった遺伝子プール(その13)」
で繰り返し触れてきたので、非常に残念な想いです。これらに書いてきたことではありますが、
142 戦にもわたって表街道とは到底言えない世界を地道に競走馬として生き抜いてきた個体にこそ、その子孫の競走能力に有意に働く遺伝子を見出したくもなるのです。
ところで、今年2月、「両親で15冠の夢配合! 父イクイノックス×母アーモンドアイの牡馬が誕生」と題された記事を見た時は、なんとも言えない想いに包まれました。
この記事の表題を見た際、父と母が得たタイトル数が多ければ相加効果が得られるものと信じ込まれているのではないか。
信じるまではないにしても、明確な答えなどない「生き物の配合」において「足し算に効果あり」と単純に受け容れられてしまってはいないだろうか、と。
その我が思考は「ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?」に書いたことにつながっており、つまり、
そこに書いたレストラン「セレクト」が出すメニューこそが至高のものと思ってしまう価値観が、サークル内で席巻していないかという危惧です。
確かに、両親ともに優れた成績の馬であれば、優れた成績を収める可能性は低くはありません。
実は「ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?」の冒頭に、
超名牝から生まれたディープインパクト産駒が期待を裏切って新馬戦で着外に敗れた話を書きましたが、この馬はアカイトリノムスメです。
ご存じのとおり、この馬は翌年の秋華賞を勝ちました。このような例も当然にあります。
堀田の奴、アカイトリノムスメをみくびったなと思った人もいたでしょうね(笑)。
しかし、このような足し算の値が高い馬たちを集合的に眺めた場合、サークル内の期待値どおりの結果が得られているかという観点に立つと、やはり疑問です。
ここで、近年の日本で活躍した牝馬が繁殖に上がって種付した相手のリストをちょっと眺めてみてください。
似たり寄ったりの名前が繰り返し繰り返し現れませんか?
そして内国産馬同士の配合は、換言すれば「内国産の活躍馬同士の足し算」は、
「バイアスのかかった遺伝子プール(その13)」にも書いたように、サンデーサイレンスのインクロスのパターンが多くを占めます。
これは、「バイアスのかかった遺伝子プール(その6)」に書いたボトルネック効果のベースとなり、遺伝的多様性の低下を惹起します。
参考まで こちら は、間もなく発行する拙著『サラブレッドの血筋』(第4版)からの抜粋です。
これだけの比率でサンデーサイレンスのインクロス馬がいるのですから、当然にそこからも一定の良い馬は出ます。
こちら も上記拙著からの抜粋で、今年8月末現在のサンデーのインクロスを持つGI馬を列挙しました。
いずれにしても、足し算に基づく誤解がオーバーランした際は、遺伝的多様性に関する弊害をもたらす可能性が高まることは留意すべきでしょう。
「サステナビリティ」の最後に書いたように、遺伝子のバラエティの低下は不可逆現象であるということです。
「オーナーブリーダーの奮起を願う」にも書いたように、アーモンドアイのこれまでの交配相手を見ると、
ノーザンファーム(ひいてはシルクレーシング)はアーモンドアイを収入源と割り切っているのでは?
……というか、そのように割り切らざるを得ない立場に置かれている(=サークル内の空気に逆らえない)と考えるのは行きすぎでしょうか。
ちなみにアカイトリノムスメは、母アパパネにはサンデーサイレンスの血が入っていないこともあって、5代血統表レベルでは完全なアウトクロスでしたね。
ただ、それとGI勝ちとのあいだに何らかの因果関係があるなどと安直に言うつもりはまったくありませんので、念のため。
あらためて、クワイトファインは本当に本当に残念です。どうか安らかに……。
(2025年9月28日記)
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