血統派が嵌まる罠
2頭の全きょうだいがいた場合、これらは違う個性を持っています。まったく別の「生き物」です。
リアルスティールとラヴズオンリーユーは性が違います。ソダシとママコチャは毛色が違います。持っている遺伝子が違うのです。
その一方で、血統表だけを眺めれば、全きょうだいのそれぞれには違いはありません。
ところで、「血統派」という言葉を耳にすることがあります。これは主に、血統をレース予想に重点を置く人を指すようです。
拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』の第6章「科学と血統理論」でも、
こちら のようなことを書きました。
以前、YouTube などで活躍しているインフルエンサーの方が、「よく血統好きの方からいろんな意見をいただくが、血統だけですべての説明がつくなんて錯覚しないほうがいい」
とSNSに書いていたのを見て、深くうなずいたことがありました。
血統に固執する人は、全きょうだいの違いを論ずる際には困り果ててしまうはずなのですが、なぜかそこを無意識のうちに(それとも意識的に?)避けて通るようです。
「「伝える」ということを考える(その4)」で触れた血縁係数ですが、
クローンや一卵性双生児を別にすれば、最も値が高いのは親子同士および全きょうだい同士であり、これらにおける遺伝子一致率はほぼ50%です。
或る血統理論を展開している法人のウェブサイトを見ると、そこには、父も母も同じ馬は同一馬として扱うと書かれていたのですが、究極の論外です。
血統派が嵌(は)まる罠にはいくつかあると思いますが、この全きょうだいの話は典型例の1つです。
全きょうだいは机上の血統表では全く同じ。その机上にあるものだけがベースとなっているので、そこからの違いを論ずることができないのです。
「同血」という言葉を用いる言説の発信者も、類似の罠に嵌まっている(そしてその読み手をそこに誘い込んでいる)と思うことがほとんどです。
あらためて、「蔓延する誤解」(その1) (その2) で引用した
「超近親配合を持つ競走馬・種牡馬・繁殖牝馬まとめ 「1×1」のインブリードを持つ繁殖牝馬など最新情報【危険な配合】」
を書いた方、これをそのまま信じている方々にお尋ねしたいのです。
ディープインパクトの晩年の種付料は4000万円まで跳ね上がりましたが、他方、全兄のブラックタイドの種付料はそれとは比べようもない低い額でした。
このことは、全きょうだいを同一と見なす(=同じ遺伝子構成と見なす)ような発想下において、辻褄が合いますか?
ディープが天に召された後のブラックタイドの種付料は4000万円にすべきではなかったのですか? 全弟のオンファイアはどこに行ってしまったのですか?
相手は「生き物」です。
馬体に難があると思われ買い手がつかなかったような馬が大化けする例は枚挙にいとまがないように、馬体にしても血統にしても過度の思い込みは禁物ということです。
実際に走ってみなければわからないのです。また、走ったあとの後付けの理屈も意味がないのです。
(2025年5月30日記)
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