科学的な思考(その3:心理は真理を保証しない)

今回は「科学的な思考(その2:因果推論)」の続編です。

『科学的思考入門』(植原亮 講談社現代新書)の「第3章 科学的思考を阻むもの」の冒頭には、「心理は真理を保証しない」 というのが本章で最も重要なメッセージだとあり、日常的な感覚ではごく自然に思える捉え方が、科学的思考を邪魔するハードルになることは少なくないとのことです。 このような因果推論を歪める「認知バイアス」は思考のクセのようなものとのことであり、主なものとして以下の3つを挙げていました。

 @利用可能性バイアス
 A基礎比率の無視
 B確証バイアス

まず@の「利用可能性バイアス」ですが、頭に浮かびやすいものほど、実際よりも数や可能性を大きく見積もってしまいがちになるとのことです(当書101頁)。 例えば、或る特定のインクロスの配合パターンで何頭かの優秀馬が出たら、そのインクロスのお蔭と短絡的に思ってしまってはいませんか?  また、そのような言説がはびこってしまっていませんか? サンデーサイレンスのインクロス馬の量産が勢いを増していることは別稿で繰り返し書いてきましたが、 一昨日の桜花賞を勝ったエンブロイダリーもサンデーの3×4です。

牝系インクロス」の最後に書いたように、血統表においてインクロスになった祖先は太字や色付きにされるので、 どうしてもそこに目が行きます。すると、ファンにしても馬主にしても生産者にしても、そこに好ましい意義があるのではないかと時に過度な期待を寄せてしまい、 さらにはこれに便乗する近親交配奨励理論も出現し、結果として「そこには確かなものが存在するに違いない」という空気が醸成されてしまいます。 つまりそこに因果関係があると無意識のうちにも信じてしまうわけですが、当書103頁には、 「因果関係について考えるとき、ひときわ目につく要因があると、利用可能性バイアスのせいで誤ってそれを原因とする仮説を立ててしまうおそれがある」とあります。

俗に「ニックス」と呼ばれる配合パターンも、これに当てはまるのかもしれません。 或る系統の種牡馬と或る系統の繁殖牝馬の配合パターンから活躍馬がそこそこ出てくれば、 このパターンの配合が注目され、評論家もこのパターンで生まれた馬を過剰に持ち上げるコメントを発します。 父ステイゴールド、母の父メジロマックイーンのパターンで、オルフェーヴルとゴールドシップが続けて登場した時など最たる例かもしれません。 しかしそれは、母数やサンプル数に目を向けてみると、その配合は特筆に値するのかと思わざるを得ない場合が大半なのではないでしょうか。

次にAの「基礎比率の無視」です。これは、「もともとの割合」を考えれば当然にすぎないことでも、それに気づかないこととのことです。 宝くじに当たりやすい血液型があるのだろうか? という問いに対して、日本人の遺伝子プールにおいてはA型の人が最も多いので、 当然に宝くじに当たった人の中でもA型の人が最も多いということになる、というわけです(当書107-108頁)。

上記は「エピファネイアという種牡馬におけるジレンマ(その2)」 に書いた、「エピファネイア産駒においてはサンデーのインクロス持ちの方が成績が良い」などと考えてしまう論者が当てはまってくるでしょう。 また「「3×4」の呪縛」に書いた、「白毛馬はなかなか(GIを)勝てなかった」 という話や都道府県別の新型コロナの感染確認者数の話も深く関連します。

さらに言えば、「天下無敵のブランド(その2)」 に書いたディープインパクト産駒のGI勝馬の母系は相対的に優秀という話も当てはまるかもしれません。 つまり、交配する牝馬が優秀なものばかりなのだから、当然に優秀な産駒がたくさん出てくるという構図です。

最後にBの「確証バイアス」です。仮説の裏づけになる証拠が得られることが「確証」で、確証にかかわる認知バイアスが「確証バイアス」であり、 「自分の信じている仮説や主張を支持するような事例には目を向ける一方で、その否定につながるものには目を向けない傾向」を意味するとのことです(当書110-111頁)。 結果、せっかく専門家が提供してくれている因果的説明をまともに受けることができなくなるとのことです。

キャッチーな用語を多用した近親交配を好意的に見る言説は散見しますが、「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その10)」 にも書いたように、生まれ来る個体の「収率」「歩留まり」にも留意しなければならない生産者は、このようなバイアスがかかった言説に翻弄されてはならないのです。 それを生活の糧としている生産者は、そのような言説のトラップに嵌らないためにも、バランスの取れた視点を持たねばならないのです。

「確証バイアス」については、総務省のサイトでも こちら(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd123120.html) のように警鐘が鳴らされています。

(2025年4月15日記)

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