遺伝学的にも興味深いシラユキヒメの白い一族(その1)

昨日発売の 『サラブレ』 12月号に 『白毛誕生率83%は異常!? 白毛一族に秘められし未知なる力の可能性』 と題した記事を寄稿しました。 当初、その表題は 「華麗なるシラユキヒメの白い一族」 と私なりに適当なものを編集部に出したのですが、編集部としてもっとキャッチ―なものにしたいとのことで、 お任せの結果、上記のようなタイトルになりました。

今回は、この記事には書ききれなかったことの続編です。まず、以下の@およびAが記事に書いた要点です:

<@>
突然変異の遺伝子による白毛は俗に 「優性白毛」 と呼ばれるが、その白毛馬が白毛以外の馬と交配した場合に白毛が生まれる確率は、 メンデルの「分離の法則」により理論上は50%である。しかし、シラユキヒメの仔12頭のうち10頭(83%)が白毛である。これは単なる偶然か?

<A>
あらためてこの一族を眺めると、ハヤヤッコ、メイケイエール、ソダシと3頭の重賞勝ち馬が短期間のうちに出ているのはちょっと驚く。 シラユキヒメに突然変異で発生した遺伝子と、素晴らしい競走能力を引き出す 「何か」 が深い関係にあるのだろうか? 特に興味深いのは鹿毛のメイケイエール。 この馬においては、もはやこの一族特有の白毛遺伝子は消失しているということになるわけだが、この活躍を見ると、 シラユキヒメが持つまた別の素晴らしい遺伝子をもらったのだろうか?

最初に@について考えてみます。理論値は50%である一方で、このように83%という事実は、母数がたかだか12であることから偶然に過ぎないと考えるのが通常かもしれません。 しかしです、科学者、特に生物学をかじった者ほどそのような固定観念を抱きがちですが、これをただの偶然と片づけて良いものだろうか?……と思ったのが始まりです。

ディープインパクト、マンハッタンカフェ、ロードカナロアのように鹿毛遺伝子をダブルで持つ(ホモで持つ)鹿毛系の馬の産駒には栗毛系は一切出ませんが、 サンデーサイレンス、ハーツクライ、キングカメハメハのように鹿毛遺伝子を1つだけ持つ(ヘテロで持つ)鹿毛系の産駒には一定数の栗毛系が出ます。 ステイゴールドもそうであり、栗毛のオリエンタルアートと交配した場合の産駒における鹿毛系と栗毛系の理論上の比率は1:1(各々50%)です。 実際にこの配合で生まれた馬は7頭おり、以下のとおりです:

鹿毛(4頭): ドリームジャーニー、リヤンドファミユ、2013年産牝(名前なし)、オルファン
栗毛(3頭): オルフェーヴル、アッシュゴールド、デルニエオール

ほぼ期待値どおりの結果です。さらには、芦毛遺伝子をヘテロで持っている芦毛種牡馬においては、非芦毛・非白毛の牝馬と交配した場合に得られる産駒の毛色の比率も、 芦毛:非芦毛は1:1(各々50%)となります。クロフネやゴールドシップのような種付頭数の多い芦毛種牡馬の産駒一覧を見ると、 限りなくそのような比率になっていることがお分かり頂けるでしょう。

このことからも、やはりシラユキヒメの仔の白毛率 83 %というのはイレギュラーに高いと思ってしまうわけです。

ここでもうひとつの例ですが、牡と牝が生まれる確率も基本的には各々50%です。しかし、面白い例がダイワスカーレット。その仔10頭は全て牝馬なのです!  私の知り合いに4人のお子さんは全員娘さんという方がいて、その確率は 1/2×4=1/16(6.25%)だな、などと思ったことがあるのですが、 このダイワスカーレットのように 10 頭全てが牝馬になる理論上の確率は 1/2×10=1/1024(0.10%)と限りなくゼロに近いわけであり、 よって、彼女の卵子はX染色体を搭載した精子ばかりを好むのか???……などとも思ってしまったのです。

ところで、このシラユキヒメ一族に白い花を咲かせている 「優性白毛」 の遺伝子Wは、一部の例外はあるようですが 「致死遺伝子」 という不気味な側面も持ちます……。

こちら は我が息子の高校の教科書 『スクエア 最新図説生物』(第一学習社)ですが、 ここにあるハツカネズミの黄色の遺伝子Yをそのまま優性白毛の遺伝子Wに置き換えてみて下さい。 つまり、Wを2つ持つ(ホモで持つ)と生体として誕生することができない致死性作用もあるのです。 そうです、この白毛を導く遺伝子は、或る意味で地雷のような、得体の知れない代物なのですよ!!  白毛のカミノホワイトに白毛のハクタイユーを毎年交配して、5年目にようやくミサワボタンという白毛馬が生まれましたが、その前に4年連続で仔を得られなかったことは、 もしかしたらこの遺伝子の致死作用によるものだったのかもしれません。

そんなイレギュラーなキャラの遺伝子ですので、もっともっと沢山の未知の作用を持つのかもしれませんよ。 シラユキヒメの83%とは、彼女の卵子の中でも遺伝子Wを搭載した卵子ばかりが我(が)が強く、他の卵子を押しのけて排卵されるとか???  な〜んて考えてしまうと、私のようなB級科学者とは全く違うA級科学者の偉〜い先生方からは、たかだか母数が12に過ぎないのにそんな考えはあまりに突拍子もない、 とお叱りを受けてしまいますかね。でも、そのように突拍子もないと思ってしまうことこそ、先入観や固定観念の呪縛なのかもしれませんよ。 ダイワスカーレットの例にしてもちょっと極端な数字ですし、白毛遺伝子に限らず、未知なことばかりなのではないでしょうか。

……と、今回は長くなってしまったので、Aについては次回に回したいと思います。

蛇足ながら、今般の 『サラブレ』 誌上の私の記事をご覧になった方はお分かりのとおり、編集部からの要望で阪神JFの予想も載せています。 普段馬券はほとんど買わない私が市販誌に予想を書くとは予想だにしなかったのですが(←シャレ?)、この一族の記事を書いた手前もあり、 あまり深く考えずに、◎ソダシ、○メイケイエール、としました。 実は、この予想の最終稿の入稿はソダシのアルテミスSの快勝を見た直後だったのですが、一方のメイケイエールについては、私はてっきり阪神JF直行だと思い込んでいたのです。 ところが、その入稿後に、こちらもなんとあのようにファンタジーSを快勝したことにビックリ仰天! 我ながらあまりに話が出来過ぎだと思ってしまいました……。

なお、昨日早速知人より指摘を受けて気づいたのですが、私のこの記事の2頁目、ハヤヤッコのプロフィールが間違っていますね。 「牝2、須貝厩舎、父クロフネ、母ブチコ」 はソダシです。 この箇所は編集部の挿入なので、ゲラにおいて私はノーチェックにしたのですが、自己の記事においては他者が挿入したものもきちんとチェックしないといけませんね……。 今回はご愛敬ということで(笑)。

(2020年11月14日記)

遺伝学的にも興味深いシラユキヒメの白い一族(その2)」に続く

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